公共交通機関で行く西国三十三カ所(第1回、上醍醐寺) ― 2006/12/09 09:21
西国三十三カ所を語ろうとして早1ヶ月。
いい加減、回想記を書かないと思いながら、時間がたってしまった・・・
ここのところ何かと忙しく、久しぶりに時間がとれたので、やっと1回目を書き始めたいと思います。
第1回目は第11番札所、上醍醐寺を紹介したいと思います。
何故、第1番札所ではないのか?
順番に書いてゆくと面白みがないから・・・それだけです。
とは言え、何故、第1回の題材を上醍醐寺にしたか?
公共交通機関で行くには行程が厳しいお寺だからです。
私の巡礼行程の中では2番目に厳しいお寺でした。
なら、1番にしろよ!ってとこですが、思い入れのある寺ですので・・・詳細は、最後まで読んで頂ければ・・・
では1番厳しいお寺は?それは、そのうち書くことになるでしょう。
さて、西国三十三カ所を公共交通機関で行くなると、電車、バス、船、ロープウェイを使うことになります。
その中で、上醍醐寺に行くには地下鉄「醍醐」かバス「醍醐三宝院」を利用することになります。
私は醍醐駅から上醍醐寺に向かったのですが・・・
醍醐寺に参拝する分には醍醐駅から30分弱の道のりで、たいした厳しさはありません。ただ、西国三十三カ所では更に上醍醐まで山道を登らなければなりません。
この山道は、西国三十三カ所で最も厳しい行程だった・・・(最もたどり着くのが厳しいお寺は舗装された道路でした。山道として最も厳しいのは、上醍醐寺となります)
2km程度の山道ですが、勾配もきつく、2km以上に長く感じられます。普段1kmを10分で歩くが私でも、この山道は30分、息をかなり切らしながら登り切ったことを記憶しています。
上醍醐寺は7番目に訪れた寺でしたが、それまでの寺は比較的、苦無く参拝していました。
ただ、ここで初めて参拝するには厳しい道のりが待っているお寺があることを痛感しました。
しかし、初めて苦行を乗り越えて参拝した上醍醐寺こそ、そのありがたみを改めて感じることができた寺であり、印象深いです。
・・・なんで、第1回の題材としたのです。
いい加減、回想記を書かないと思いながら、時間がたってしまった・・・
ここのところ何かと忙しく、久しぶりに時間がとれたので、やっと1回目を書き始めたいと思います。
第1回目は第11番札所、上醍醐寺を紹介したいと思います。
何故、第1番札所ではないのか?
順番に書いてゆくと面白みがないから・・・それだけです。
とは言え、何故、第1回の題材を上醍醐寺にしたか?
公共交通機関で行くには行程が厳しいお寺だからです。
私の巡礼行程の中では2番目に厳しいお寺でした。
なら、1番にしろよ!ってとこですが、思い入れのある寺ですので・・・詳細は、最後まで読んで頂ければ・・・
では1番厳しいお寺は?それは、そのうち書くことになるでしょう。
さて、西国三十三カ所を公共交通機関で行くなると、電車、バス、船、ロープウェイを使うことになります。
その中で、上醍醐寺に行くには地下鉄「醍醐」かバス「醍醐三宝院」を利用することになります。
私は醍醐駅から上醍醐寺に向かったのですが・・・
醍醐寺に参拝する分には醍醐駅から30分弱の道のりで、たいした厳しさはありません。ただ、西国三十三カ所では更に上醍醐まで山道を登らなければなりません。
この山道は、西国三十三カ所で最も厳しい行程だった・・・(最もたどり着くのが厳しいお寺は舗装された道路でした。山道として最も厳しいのは、上醍醐寺となります)
2km程度の山道ですが、勾配もきつく、2km以上に長く感じられます。普段1kmを10分で歩くが私でも、この山道は30分、息をかなり切らしながら登り切ったことを記憶しています。
上醍醐寺は7番目に訪れた寺でしたが、それまでの寺は比較的、苦無く参拝していました。
ただ、ここで初めて参拝するには厳しい道のりが待っているお寺があることを痛感しました。
しかし、初めて苦行を乗り越えて参拝した上醍醐寺こそ、そのありがたみを改めて感じることができた寺であり、印象深いです。
・・・なんで、第1回の題材としたのです。
PlayStation3とは・・・? ― 2006/12/12 01:59
先週末、俗にPS3と呼ばれるゲーム機を購入した。
どうも巷では、入手困難と言われているようだが、意外と簡単に入手できた。
私の住む、千里ニュータウンと呼ばれる町の中心街、「千里中央」のとあるゲーム機販売店で、いとも簡単にPS3販売中と掲載されていたのである・・・!?
確かに20Gしかなかったのだが、ダメ元で「60Gあります?」なんて聞いたら、「日程未定ですが入荷の予定はありますよ」なんて回答が返ってきた。
そこで、「年内の入荷可能です?」なんて聞くと、意外にも「年内なら確実ですよ」と!?
確かに1週間も経たないうちに「入荷しました」の連絡が!
で、週末60GのPS3を買ってセットアップ。
ブラウン管ながらハイビジョンテレビで、気合いの入ったAVアンプに接続して映像、音共に最高の環境が整った。
やっぱり最高画質はブラウン管でなければなりません。
ブラウン管ハイビジョンテレビ、これが現在存在するテレビで最も美しい画像を映し出せる装置です!!
ただ・・・
PS3専用ソフトは購入意欲に欠け、購入せず。
かといってBlueRayのソフトは、まだ市場は狭く購入できない・・・
PS2を引き続きプレイするための道具となっている現状・・・意味無し状態だ!
どうも巷では、入手困難と言われているようだが、意外と簡単に入手できた。
私の住む、千里ニュータウンと呼ばれる町の中心街、「千里中央」のとあるゲーム機販売店で、いとも簡単にPS3販売中と掲載されていたのである・・・!?
確かに20Gしかなかったのだが、ダメ元で「60Gあります?」なんて聞いたら、「日程未定ですが入荷の予定はありますよ」なんて回答が返ってきた。
そこで、「年内の入荷可能です?」なんて聞くと、意外にも「年内なら確実ですよ」と!?
確かに1週間も経たないうちに「入荷しました」の連絡が!
で、週末60GのPS3を買ってセットアップ。
ブラウン管ながらハイビジョンテレビで、気合いの入ったAVアンプに接続して映像、音共に最高の環境が整った。
やっぱり最高画質はブラウン管でなければなりません。
ブラウン管ハイビジョンテレビ、これが現在存在するテレビで最も美しい画像を映し出せる装置です!!
ただ・・・
PS3専用ソフトは購入意欲に欠け、購入せず。
かといってBlueRayのソフトは、まだ市場は狭く購入できない・・・
PS2を引き続きプレイするための道具となっている現状・・・意味無し状態だ!
今年、最後の修行 ― 2006/12/16 23:05
西国三十三カ所と平行して、巡礼している四国八十八カ所に4ヶ月ぶりに出かけた。
今年最後の修行となるだろう・・・
今回は第二十番札所の鶴林寺、第二十一番札所の太龍寺の2カ所。
この2カ所はお遍路さんの中でも、勾配のきつい山道をたどるため厳しいお寺となっている。
もちろん、公共交通機関は使用するが基本は歩きお遍路なので、この厳しさを体感することになるのだが・・・
車使用だと、どちらも山門近くまで歩く必要がないので、この苦労は無いのでしょう。
この時期はツアーもないはずだと思っていたが、鶴林寺には15名程度の団体さんがいた。師走のこの時期に何故!?
団体さんを避けるために師走を狙ったのに・・・
団体さんは汗一つかくことなく、防寒着に白装束で参拝され、お堂前に集合して般若心経を唱える。
一方、私はこの時期なのにジーパンにネルのシャツ1枚の状態で汗をかきながら、昼食用に用意していたおにぎりを口にし、団体さんの通り過ぎるするのを待つ。
ちなみに私はお遍路をしても白装束は絶対に着ません。その理由は、そのうちに・・・
ただ、住職はそんな姿を見ていたようで、団体さんの先導をしながらも声をかけてくれた。次(太龍寺)へも歩くのかと尋ねられ、もちろんと答える。住職から笑顔で頑張って下さいとねぎらいを頂く。見ている人は見ているのだ・・・
しかし、前評判通りでかなりキツかった。
四国の山は山脈ではなく、山地であるため1つのお寺に参拝すると次のお寺まで一旦麓まで下り、次の山に再度登ることになる。
しかも四国の山は勾配がキツいので、こたえる・・・
2つのお寺は標高600m程度しかないのだが・・・
明日は筋肉痛になるのだろうなぁと今から覚悟が必要だ。
今年最後の修行となるだろう・・・
今回は第二十番札所の鶴林寺、第二十一番札所の太龍寺の2カ所。
この2カ所はお遍路さんの中でも、勾配のきつい山道をたどるため厳しいお寺となっている。
もちろん、公共交通機関は使用するが基本は歩きお遍路なので、この厳しさを体感することになるのだが・・・
車使用だと、どちらも山門近くまで歩く必要がないので、この苦労は無いのでしょう。
この時期はツアーもないはずだと思っていたが、鶴林寺には15名程度の団体さんがいた。師走のこの時期に何故!?
団体さんを避けるために師走を狙ったのに・・・
団体さんは汗一つかくことなく、防寒着に白装束で参拝され、お堂前に集合して般若心経を唱える。
一方、私はこの時期なのにジーパンにネルのシャツ1枚の状態で汗をかきながら、昼食用に用意していたおにぎりを口にし、団体さんの通り過ぎるするのを待つ。
ちなみに私はお遍路をしても白装束は絶対に着ません。その理由は、そのうちに・・・
ただ、住職はそんな姿を見ていたようで、団体さんの先導をしながらも声をかけてくれた。次(太龍寺)へも歩くのかと尋ねられ、もちろんと答える。住職から笑顔で頑張って下さいとねぎらいを頂く。見ている人は見ているのだ・・・
しかし、前評判通りでかなりキツかった。
四国の山は山脈ではなく、山地であるため1つのお寺に参拝すると次のお寺まで一旦麓まで下り、次の山に再度登ることになる。
しかも四国の山は勾配がキツいので、こたえる・・・
2つのお寺は標高600m程度しかないのだが・・・
明日は筋肉痛になるのだろうなぁと今から覚悟が必要だ。
忠臣蔵の不思議? ― 2006/12/21 00:31
日付は前後しますが、12月14日は赤穂浪士の討ち入りで有名な義士祭の日。
いつも、12月14日には赤穂に行きたいと思いつつ、仕事の都合で、ここ4年ほど断念している。
今年も残念ながら赤穂に行くことはできなかった・・・
東京に出向く際、品川に行く時間があれば、必ず泉岳寺に行くほど忠臣蔵が好きな人である。
やはり、忠臣蔵こそ日本の心!であると私は思っている。
最後に義士祭に行ったのは、2002年、本懐成就300周年の記念義士祭だった。
ちなみに、討ち入りは1702年(元禄15年)12月14日なのだが、厳密には15日未明となるようだ。
今でも不思議に思うのは、当時の義士祭での祝電披露。
浅野家の末裔から大石家に「本懐成就300年、おめでとうございます」と!?
浅野家末裔なら本懐成就を祝うのではなく、先祖の仇討ちに対する御礼を述べるべきでは・・・と思うのは私だけだったのだろうか?
また、赤穂に行くには播州赤穂駅を利用する。
何故、播州なのか?
通常、同じ駅名が複数存在する場合、区別するために旧国名を付けることが一般化している。
しかし、全国に赤穂なんて駅は存在するのだろうか・・・それに、赤穂の旧国名は播磨。普通なら播磨赤穂だろう。
播州赤穂という単語が忠臣蔵の代名詞となった証拠か?
こんな些細な疑問も多々ある忠臣蔵。
また、美化され、真実とはいささか異なる忠臣蔵。
文献から真実と美化された伝説との比較することの楽しさ、これが私の忠臣蔵を好む理由の一つにもなっている。
~ 四十七人の刺客(監督:市川昆氏)を鑑賞しつつ ~
いつも、12月14日には赤穂に行きたいと思いつつ、仕事の都合で、ここ4年ほど断念している。
今年も残念ながら赤穂に行くことはできなかった・・・
東京に出向く際、品川に行く時間があれば、必ず泉岳寺に行くほど忠臣蔵が好きな人である。
やはり、忠臣蔵こそ日本の心!であると私は思っている。
最後に義士祭に行ったのは、2002年、本懐成就300周年の記念義士祭だった。
ちなみに、討ち入りは1702年(元禄15年)12月14日なのだが、厳密には15日未明となるようだ。
今でも不思議に思うのは、当時の義士祭での祝電披露。
浅野家の末裔から大石家に「本懐成就300年、おめでとうございます」と!?
浅野家末裔なら本懐成就を祝うのではなく、先祖の仇討ちに対する御礼を述べるべきでは・・・と思うのは私だけだったのだろうか?
また、赤穂に行くには播州赤穂駅を利用する。
何故、播州なのか?
通常、同じ駅名が複数存在する場合、区別するために旧国名を付けることが一般化している。
しかし、全国に赤穂なんて駅は存在するのだろうか・・・それに、赤穂の旧国名は播磨。普通なら播磨赤穂だろう。
播州赤穂という単語が忠臣蔵の代名詞となった証拠か?
こんな些細な疑問も多々ある忠臣蔵。
また、美化され、真実とはいささか異なる忠臣蔵。
文献から真実と美化された伝説との比較することの楽しさ、これが私の忠臣蔵を好む理由の一つにもなっている。
~ 四十七人の刺客(監督:市川昆氏)を鑑賞しつつ ~
年賀状は義務か? ― 2006/12/23 09:26
年賀状の締め切り?が近づき、少々憂鬱になる。
私は年賀状を書くのが苦手で、どうも時間がかかる。
わずか10枚程度しか書かないのだが・・・
年賀状とは、普段ご挨拶の出来ない、希に会う方にご挨拶として送るものだと思っている。
ただ、周囲の人に聞くと、普段から会っている人にも新年のご挨拶として発送するとのこと。
普段、話す人に書面で何を挨拶するのか?
・・・考え込んでしまう。
これから、わずか10枚の年賀状に悪戦苦闘しながら作成する。
住所も、書面もプリントアウトするのだが、必ず加えるコメント。
希にしか挨拶をしない人に挨拶をするのだから、何を書けばよいのか悩んでしまう、これが悪戦苦闘の種なのである。
私は年賀状を書くのが苦手で、どうも時間がかかる。
わずか10枚程度しか書かないのだが・・・
年賀状とは、普段ご挨拶の出来ない、希に会う方にご挨拶として送るものだと思っている。
ただ、周囲の人に聞くと、普段から会っている人にも新年のご挨拶として発送するとのこと。
普段、話す人に書面で何を挨拶するのか?
・・・考え込んでしまう。
これから、わずか10枚の年賀状に悪戦苦闘しながら作成する。
住所も、書面もプリントアウトするのだが、必ず加えるコメント。
希にしか挨拶をしない人に挨拶をするのだから、何を書けばよいのか悩んでしまう、これが悪戦苦闘の種なのである。
1回目のプロポーズ ― 2006/12/24 23:32
プロポーズは何度もできるものではないと思っている。
まして、某ドラマじゃないですから101回もすることは無いだろう。
今、お付き合いしている彼女にプロポーズした。
人生で初めて。いわゆる1回目である。
12月24日と雰囲気的には、この日しかないだろうという日になった。
始まりは、劇団四季のマンマ・ミーア!を観劇。
内容は女手一つで育てた娘さんの結婚式準備から式に至るまでのドタバタ喜劇。
実は、ストーリーを知らないまま観劇していた。
丁度、この時には夕食後に切り出さなければと覚悟はしていたので、なんというタイミングなんだと感心していた。
(それ以前に、内容ぐらいは把握しておくべきだった)
その後、梅田の街を散策し夕食へ。
ここで、計画外の思わぬ展開に。
彼女から、「どう思っているのか?」と聞かれてしまった。
実は、プロポーズしても、どう転ぶかわからないので、食事中にすると雰囲気を壊しかねなから避けようと思っていたのだが。
結果、その場では答えを貰えなかった。
と言うより、想定外(死語?)の為、きちんとプロポーズができず、「一緒になりたい」と答えただけで、「返事は今しなくていいよ」と言ってしまったからだ。
そのまま食事は、双方の想いを語りながら続いた。
ただ、食後ハービスのクリスマスツリーを眺めながら、今度はきちんとプロポーズした。
何故か、周囲に人がいなかったので、話がしやすかった。
それでも、「答えは、ゆっくり考えてからでいいよ」と付け加えた。
ただ、意外にも彼女から、その場で「はい」との答えを貰えた。
でも、かなり迷っていたようで、「乗り気ではない」と言うよりは「安易に”はい”と言って良かったのかと」と迷ったらしい。
まぁ、それでもOKを形的には貰えたわけであり、現時点での人生最良の日に間違いはない!?はずだ・・・!?
まして、某ドラマじゃないですから101回もすることは無いだろう。
今、お付き合いしている彼女にプロポーズした。
人生で初めて。いわゆる1回目である。
12月24日と雰囲気的には、この日しかないだろうという日になった。
始まりは、劇団四季のマンマ・ミーア!を観劇。
内容は女手一つで育てた娘さんの結婚式準備から式に至るまでのドタバタ喜劇。
実は、ストーリーを知らないまま観劇していた。
丁度、この時には夕食後に切り出さなければと覚悟はしていたので、なんというタイミングなんだと感心していた。
(それ以前に、内容ぐらいは把握しておくべきだった)
その後、梅田の街を散策し夕食へ。
ここで、計画外の思わぬ展開に。
彼女から、「どう思っているのか?」と聞かれてしまった。
実は、プロポーズしても、どう転ぶかわからないので、食事中にすると雰囲気を壊しかねなから避けようと思っていたのだが。
結果、その場では答えを貰えなかった。
と言うより、想定外(死語?)の為、きちんとプロポーズができず、「一緒になりたい」と答えただけで、「返事は今しなくていいよ」と言ってしまったからだ。
そのまま食事は、双方の想いを語りながら続いた。
ただ、食後ハービスのクリスマスツリーを眺めながら、今度はきちんとプロポーズした。
何故か、周囲に人がいなかったので、話がしやすかった。
それでも、「答えは、ゆっくり考えてからでいいよ」と付け加えた。
ただ、意外にも彼女から、その場で「はい」との答えを貰えた。
でも、かなり迷っていたようで、「乗り気ではない」と言うよりは「安易に”はい”と言って良かったのかと」と迷ったらしい。
まぁ、それでもOKを形的には貰えたわけであり、現時点での人生最良の日に間違いはない!?はずだ・・・!?
求婚、後日談 ― 2006/12/27 11:37
先日の不完全燃焼だった?プロポーズから二晩たったあとフォローのメールをいれた。
実は、プロポーズした当日、彼女を見送った後メールを入れた。
かなり、考え込んでいたようなので、少々心配になってメールしたのだが・・・
これが、返事が返ってこない。
ヤバイ!そんなに彼女にプレッシャーをかけてしまう結果になったのか!!とかなりヘコんでいた。
という背景があった状況でのフォローメール。
が、真相は間の抜けた話で、彼女からは、ちゃんとその当日に返信を出して貰えていた。
携帯メールの自動受信がさぼっていた?ようで、その返信文が届いたのが2日後だった。
しかも、内容は改めてOK頂く内容だった。
なんとも取り越し苦労をしていたのだが、それより私にとってみれば、人生で最も重要なメールが2日も遅れて自動受信になる電話機に恨みを感じる・・・。
先日機種変更したとこだぞ!K社さん、どうなってるんや!!
で、気づいたのだが、フォローメールで再度プロポーズの言葉を送り、それに対しメール返信でOKの承諾を得たと言うことは、文書として婚約したって事になるのかなと。つまり、今後何らかの理由で破談になってしまうような事があれば、証拠付きの婚約破棄で訴えられる!?
実は、プロポーズした当日、彼女を見送った後メールを入れた。
かなり、考え込んでいたようなので、少々心配になってメールしたのだが・・・
これが、返事が返ってこない。
ヤバイ!そんなに彼女にプレッシャーをかけてしまう結果になったのか!!とかなりヘコんでいた。
という背景があった状況でのフォローメール。
が、真相は間の抜けた話で、彼女からは、ちゃんとその当日に返信を出して貰えていた。
携帯メールの自動受信がさぼっていた?ようで、その返信文が届いたのが2日後だった。
しかも、内容は改めてOK頂く内容だった。
なんとも取り越し苦労をしていたのだが、それより私にとってみれば、人生で最も重要なメールが2日も遅れて自動受信になる電話機に恨みを感じる・・・。
先日機種変更したとこだぞ!K社さん、どうなってるんや!!
で、気づいたのだが、フォローメールで再度プロポーズの言葉を送り、それに対しメール返信でOKの承諾を得たと言うことは、文書として婚約したって事になるのかなと。つまり、今後何らかの理由で破談になってしまうような事があれば、証拠付きの婚約破棄で訴えられる!?

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